このブログについて

発倖美人とは…
いつもポジティブ&エネルギッシュで、夢に向かってやりたいことをどんどん実現し、自らのキラキラオーラで周囲の人に倖せを発することができる人のこと。
本ブログではマクロビオティック料理教室G-veggie(ジィ・ベジィ)@東京・蒲田のインストラクターはりまや佳子が天井知らずの倖せを手に入れ、キラキラ発倖美人になることを目指し、自分らしく明るく楽しく暮らしていくためのとっておきのコツをご紹介します。

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お店の売り上げが足らない分をギャンブルで穴埋めしようとし、
みごと負けてしまったダンナ様。

商売のピンチを賭け事で乗り切ろうとした考え方が、
私はどうしても許すことができずにいたときに、
お店の税務顧問をしてくださっていたダンナ様の友人が、

「会社の登記簿を確認したら佳子さんの名前がどこにもなかった。
 このまま一人で一生懸命働き続けて身体を壊しても、
 この会社で働いている形跡さえ残っていないので、
 労災も失業保険もおりないよ」

と働かない家族の中、孤立無援でうどん屋を守り続ける私に、
教えてくれました。

そこで驚いて登記簿をみせてもらうと、
代表取締役には私のダンナ様の名前、
そして取締役にはお兄様、お義母様、お兄様のお嫁さん、
親戚の叔母様などダンナ様の身内ばかりが名を連ねていて、
私の名前はどこにもありません。

そのことをダンナ様に問い詰めたところ、
「そんなに社長になりたければお前がなれば」
と逆切れされ言い返されたのが最後の決め手になり、
私は家を出る決意をしたのです。

この時が思ったことは…
ここまで両親に大切に育ててもらったのに、
この誰も働かない家族の中で努力を続けていては、
何のために生まれてきたのかわからなくなってしまう。
それならば働いたことを正当に評価してくれるところで、
勇気を持って、もう一度人生をやり直してみよう!!

そう心から思えた私は当座の必要な荷物だけをもち、
大泉学園にあった実家に戻ったと同時に、
船井総研のときの課長に電話をして事情を話し、
就職先を世話してほしいと頼みました。

相談相手は私にうどん屋さんの開業を勧めてくれた、
チョイ悪おやじ風の上司。

「二度も離婚して船井総研本体に戻ったら、
 好奇の目で見られて居心地が悪いだろうから、
 子会社で働ける口を探してみるよ」

と快く私のお願いを聞き入れてくれて、
すぐに船井総研の子会社の出版社の社長さんに連絡してくれました。

実はこの社長さんは私が船井に勤めていた時の私の部署の部長で、
面接をしてくれた総務部長さん。
私が勤めていた頃は子会社の出版社の社長を兼務していたのですが、
この頃は専任で出版社の経営をされていたのです。

数日後に新宿のとある料理屋さんにくるように上司から連絡があり、
指定の時間にいってみると、そこにはなつかしい部長が来ていて、
「就職のことは心配しないでも大丈夫、
 うちの出版社にくればいいよ」
と欠員もいない会社なのに就職させていただけることに。

そして私の就職を世話してくれた課長が、
「はりまやは俺たちにとってはカワイイ姪っ子みたいなものだから、
 他に就職して辛い思いをするは忍びない。
 俺もまもなく出版社に出向することになっているから、
 先にいって待っていてくれ!」
と嬉しい言葉をかけてくださったのです。

これまではどんなに懸命に働いき続けていても、
まったく評価をされない嫁ぎ先で消耗する毎日でしたが、
神様はコツコツと努力し続ける私をきちんと見ていてくれて、
倖せな居場所をきちんと用意してくださったのですね。

船井総研時代に一生懸命に惜しみなく働き続けたことで、
神様が救いの手を差し伸べてくれたのだと思うと、
努力というのは今のためにするのではなく、
輝かしい未来への切符を手にいれるためにするものなのだと、
心から思うのです。

そして嬉しいことに社長はすぐに名刺を旧姓で作ってくだったので、
私はその出来上がった名刺をもって離婚の話し合いに臨みました。

話し合いに指定された場所は皮肉なことに、
ダンナ様と私がはじめて二人でお茶をしたカフェ。
私が母と一緒にその場に到着したときには、
お兄様の隣に二回りも小さくなったダンナ様が。

まずは挨拶とともに作っていただいた名刺を差し出し、
すでに就職が決まったことを告げてみたところ、
景気が悪い時によく就職口がすぐ見つかったと、
お兄様もダンナ様もかなりびっくりした様子。

そこで間髪をいれずに…
「とにかく一刻も早く離婚をしてほしい、
ついては慰謝料は一切請求するつもりはないけれど、
お店の運営ために使った預金だけでいいから返してほしい」
とお願いしたところ強欲なお兄様は、

「使ったお金は二人で使ったものなので半分だけ返す。
 離婚も届を持ってきたのですぐに応じるけれど、
これ以降一切慰謝料を請求しないという念書にサインしてほしい」

と言ってきたのです。

弁護士の友人に相談したこところ私の置かれた状況なら、
話し合いでかなりの慰謝料をもらうことが可能と言われましたが、
私はとにかくダンナ様の家にこれ以上関わって、
自分のエネルギーを消耗したくなかったので即OKをし、
その場で離婚届けと慰謝料を請求しないという念書にサインをし、
めでたく二度目の離婚が成立したのは、
私が家をでてからわずか10日後でした。

それにしても有り余る財産がありながら、
私の雀の涙ほどの預貯金の返還を値切るとは…
お兄様の強欲さにはあきれるという気持ちを通り越して、
そこまで欲張りなのは「あっぱれ!」だと思いました。

とにかく案外簡単に離婚できたことに喜び、
そして新しい就職先に胸を膨らませ、
明るい未来が見えてきたのが1993年10月のこと。

さあ私は新しい職場で以前のように生き生きと、
働くことができるのでしょうか?


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マクロビオティック料理教室G−veggie はりまや佳子    
〒144-0031 東京都大田区東蒲田2-5-11
http://g-veggie.com/

家族仲の良い暖かい家庭で育った私にとって、
ダンナ様の家族の私たちに対する仕打ちは理解不能。

強欲なお兄様の陰謀とその口車に乗ったお義母様の攻撃で、
2店舗経営していたうちの1店舗を取り上げた上に、
残された1店舗も人様にお貸ししたほうが収益になるという理由で、
一刻も早く辞めてほしかったのでしょう、
私たちに高い家賃を請求してきました。

運の悪い時には悪いことが重なるもので、
その前年の夏は猛暑だったのでうどん屋さんは大繁盛していたのですが、
1993年は異常な冷夏と雨が降る日が多かったため、
お客様が前年に比べてとても少なくなってしまいピンチ到来!!

うどん屋さんという商売は冬場の寒さが厳しいほど、
温かいうどんを求めてお客様がその寒さを増すごとに増え、
夏は暑ければ暑いほど人は食欲が落ちてしまうので、
ツルッといただける冷たいうどんを求めるお客様が増えるのが常。

冷房がいらないほど寒い夏な上に、まるで梅雨のように連日雨が降り、
そのうえダンナ様は私がこれまで仕切っていた職場で、
まるで新入社員のように働かなければいけなくなり、
モチベーションは下がる一方。

加えてお父様という強力な後ろ盾を失った悲しみと、
お兄様やお義母様からの総攻撃を受けて、
心はズタズタでボロボロな状態だったようなのです。

そんなダンナ様のことをやさしく慮って内助の功を発揮する、
というような愛情溢れる謙虚な気持ちを持つことができたら、
不幸なことは起こらなかったのかもしれませんが、
残念ながら29歳の私にはそんなやさしい心は一切なく、
次第に仕事をさぼりがちになってきたダンナ様を、
「根性のない、情けない男」
と見下すようになってきました。

そういう気持ちは口にこそ出しませんでしたが、
心の中にあることは表情や態度にもでていたのでしょう。
次第に従業員たちもダンナ様に対して不信感をもつようになりました。

「佳子さんは一生懸命働いているのに、
 なんで社長(ダンナ様)はサボってばかりいるんだ!!」

そんな不満の声が聞こえるようになってくると、
ますますダンナ様はお店の中に居場所がなくなり、
もっともらしい理由をつけてお店を抜けるよう。

そしてそれは8月末のこと…
支払いが少しでも滞ると「家賃を払えないなら辞めてしまえ」
とお兄様に嫌味を言われるのがわかっていたので、
そこまではなんとか家賃だけは支払い続けてきたのですが、
冷夏で売り上げが前年よりもかなり少なかったうえに、
お盆休みで3日ほど営業日が少なかったため、
月末に家賃を支払うことが難しくなってしまいました。

私は話して支払いを待ってもらおうと言ったのですが、
男のプライドのあるダンナ様はそれだけなしたくなかったようで、
なんとかお金を工面しようとしていたのですが、
なかなかうまくいかなかったよう。

私も嫁ぐ前にはそれなりの貯金があったのですが、
家を借り、短期間で2度も引越しをし、
そして店の支払をするためにそのお金を当ててしまっていたので、
残高0の状態になっていました。

そんなときこそ店の売り上げを伸ばす戦略をたてて、
従業員と一丸となって店を盛り上げていこう!!というのが、
私が船井総研で学んだプラス発想な商売の極意でしたが、
残念ながら心が疲れ切っていしまっていたダンナ様は、
まったく違う方法でこの急場を乗り切ろうとしたのです。

その方法とは、賭け事。

もともと麻雀が大好きでかなり上手だったダンナ様は、
お店の売り上げの足らない分を賭け事で穴埋めしようと考え、
夜な夜な近所の雀荘にでかけるようになりました。

そんな時に儲かるほど賭け事とは甘い物ではなく、
大負けしてしまったために大金を支払う羽目に。

そしてある日のこと、売り上げの入ったお店の金庫から、
お金をもっていこうとするダンナ様を発見!!

「家賃を払うことができないほどお金に困っているのに、
ギャンブルで負けたお金を支払う余裕がどこにあるの?」

と問い詰めてみたところで負けたことは事実で、
その支払いをきちんとしなければいけないのも事実。

このときに私は辛い時ほど前向きに努力し続けるという、
私の人生に対する態度とダンナ様の差をはっきりと認識し、
愕然としたのを今でもよく覚えています。

お兄様やお義母様にどんな仕打ちをされようと、
ダンナ様と一緒に心を合わせて立ち向かっていけるなら、
どんな苦労もいとわないと心に決めて一生懸命働いてきたのですが、
どうやらそれは私ひとりの思い込みだったよう。

そのことに気付いた私に追い打ちをかけるような出来事が…

この続きはまた。

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ダンナ様のダイニング・バーを他の人に貸すことで家賃収入を得て、
大満足のはずのダンナ様のお兄様とお母様の次なる要求は、

「うどん屋を続けたいのなら、家賃を払え」

実は長男のお兄さんは以前から私のダンナ様にことあるごとに、
チクチクと家賃を払うよう要求していたようなのですが、
お父様が「俺が払わないでいいと言っているのだ!」
というツルの一声で支払わずにすんでいたので、
なんとか開業以来経営が成り立っていたのですが、
お父様という強力な後ろ盾を失った私たち夫婦には、
その要求を呑むしか選択肢がありませんでした。

額に汗水たらして働く私たち弟夫婦から相場通りの家賃を請求し、
毎月決まった日に取りたてにやってくる長男は、
会社を辞めてお父さんの不動産管理の会社を勝手に作って、
たいした仕事もしてせずに世田谷の豪徳寺の豪邸に住み、
娘を一流学校に入学させ、ゴルフを趣味に優雅に暮らしている。

血のつながった兄弟にここまでの仕打ちをする人がいるのかと、
兄弟仲良く育った私には信じられない思いでいっぱいでした。

仲の良い家族とそうでない家族が存在するのは何故でしょう?

私はとても運のいいことに夫婦仲の良い両親の元に生まれ、
家族や兄弟というのは仲がよくて当たり前だと思っていました。

私の母はとても料理が上手な人ですので、
家族にとっては母の手料理が世界で一番美味しい食事。

その上に父が個人タクシーという自由の利く仕事で、
毎日朝、昼、晩ご飯を家で食べていたので、
私の家では食事はいつも家族揃っていただくのが当たり前。
ですから我が家は町内でも有名な仲良し家族で、
地元の御殿山では、「はりまやファミリー」という言葉があり、
仲のよい家族の代名詞になっていたほどでした。

母の愛情がたっぷり入った美味しいご飯を、
家族揃って毎日楽しくいただく。

私にとってはあまりにも普通の日常の風景だったので、
他の家庭も同じようなものだろうと思っていたのですが、
残念ながらダンナ様のお宅は全く違っていたそうです。

ダンナ様のお母様はもともとお料理があまり得意な方ではなく、
その上に当時は私たちが経営していたうどん屋さんがあった場所で、
お父様と一緒に居酒屋さんを営んでいらしたので、
夜遅くまで仕事をしている毎日だったそう。

ですから家族揃って食事をすることはほとんどなく、
私のダンナ様の御兄弟は毎日食費としてお金を渡されて、
食べも物を吉祥寺の街に買いに行くか、
飲食店に行き一人で食事をするか、出前を取るか、
という食生活を子供の頃からしていたそうなのです。

家族がいつもバラバラに、めいめい好き勝手なものを食べる。

こういう風に暮らしていると、家族の心が通じ合わなくなります。
人は同じ食べ物と食べることで似た質の血液ができ、
その血液のおかげでお互いが容易に解り合い、
そして愛情が生まれてくるもの。

食べものの力ってすごくパワフルで不思議なもので、
昨日までは縁もゆかりもない知らない者同志であっても、
一度一緒にお食事にでかけると気心が知れるので、
一気にお互いの距離が近くなってくるという経験は、
みなさんもありますよね。

お仲間の飯を食った仲間

という言葉がありますが、要するに赤の他人同士でも、
同じご飯を食べ続けることによって似たような血液がつくられ、
時間がたてば立つほど気持ちが通じ合うことができるので、
お互いがかけがえのない家族のような存在になれるということなのです。

私はマクロビオティックのインストラクターの資格を取得するために、
今から6年半前にアメリカのクシ・インスティテュートに留学し、
3か月間、学生寮で寝食を共にしたクラスメイトが何人かいますが、
その方たちとは今でも折あるごとに連絡を取り合い仲よくしています。

その頃の仲間は私の心の中では家族にかなり近い愛情があるので、
久しぶりに会うような機会に恵まれると、
心の底から嬉しく、楽しい気持ちでいっぱいになります。

2007年の夏にアメリカで開催されたクシ・インスティテュート主催の、
ボストン郊外の大学を借りて開催された「サマーカンファレンス」
という大きなイベントでは、世界中から当時のクラスメイトが集まり、
とてもたのしいく思い出深い時間を過ごしたことを、
今この文章を書きなつかしく思い出しました。

クシのクラスメイトはとてもアクティブな人が多く、
アメリカ国内はもちろんのこと、イギリス、インドなど様々な国で、
マクロビオティックに携わる仕事をしているので、
なかなか一同に集まるということができないのですが、
この年のサマーカンファレンスには奇跡的にクラスメイトが集まり、
まるで私たちの同窓会のようでした。

家族が仲良くなるため必要なのは一緒に食事をすること

こんなシンプルなことの積み重ねをしてきたかどうかが、
その家族の絆の深さを決めていると思うと、
残念ながら私のダンナ様のご家族が仲良くできるはずはありません。

もし私のダンナ様がこの世に存在しなければ、
お兄様の相続分はそれだけ多くなる。

小さい頃から食べ物を分け合いながら育たなかったダンナ様のお兄様は、
好きな食べ物を好きなだけ全部を独り占めする食べ方をしてきたので、
お父様の残された財産も全部独り占めしたかったのでしょうね。

どういう風に食べ物と向き合ってきたかということが、
その人の生き方や人間関係、人生に対する考え方が決まるので、
子供に好きな物ばかり与える食べ方がいかにその子の人生にとって、
マイナスの要因になるかということがわかりますよね。

人間は食べた物のようになる

それは食べた物そのものの力だけではなく、
食べ方からも大きな影響を受けているという、
深い意味のある言葉だったのだと改めて知ることができました。

町内一の仲良し家族で何不自由なく幸せに生きてきた私が、
まったく心の通じない家族の中で幸せを感じるはずもなく、
ダンナ様の家族からの攻撃を受けるたびに、
心が悲しく荒んでいく毎日。

さて私はこんな家族の中で生きていけるのでしょうか?

この続きはまた明日…

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莫大な相続税を支払わなければならなくなった私の嫁ぎ先。
そこではまるで一昔前のゴールデンタイムのTVドラマの世界のような、
骨肉の相続争いがはじまりました。

誰からも愛されない悪役を演じたのはダンナ様のお兄様。
とにかくお父様が残されたものを全部独り占めしたいという、
ものすごく強欲なエネルギーが私たち夫婦に対して、
これでもか、これでもか!!
というほどの試練を与えてきました。

その長男に丸め込まれてしまったのが、ダンナ様のお母様。
亡くなったお父様似の口下手な私のダンナ様とはまったく違って、
弁が立ち、その上ご自分にそっくりな強欲な長男の口車にのせられ、
チクチクと私たち夫婦に嫌味を言うように。

それまで私たち夫婦はダンナ様のご両親の家の近くに家を借り、
二人でのんびりと暮らしていましたが、
お父様が亡くなってから数か月たった頃に、
「ひとりは寂しし、家賃がもったいないから一緒に住んでほしい」
というお義母様の強い要望があったため、
とても気に入っていた家をあきらめて、
ダンナ様の実家の2階に引っ越し同居することに。

別々に住んでいたときにはほとんど顔を合わせることがなかったので、
結婚前こそ「離婚歴のある嫁」として反対はされていましたが、
うどん屋を一人で切り盛りするようになってからは、
ご近所の方々から「良く働くお嫁さん」という評判をいただけたおかげで、
お義母様の気持ちも軟化し、時には連れだってカラオケに行くほど、
仲のよい関係になっていましたので、同居してほしいと言われた時も、
「なんとかなるか!」くらいの軽い気持ちで了解したのが、
この決断が大きな間違いだったとのちに気がついても後の祭り。

忙しく働く私たちとは違って、まったく働いていない長男とお義母様は、
昼間に二人でゆっくり話す時間がたっぷりあったので、
だんだんお兄様の考えに洗脳され、心が傾いていかれたようで、
同居を始めた頃は「二人とも良く働くね」
とよくお褒の言葉をかけてくれていたのが、いつしか、
「そんなに働いてもたいして儲からないなら、
 長男の言う通り辞めてしまえば賃料でラクに暮らせるわよ」
と言うようになってきました。

長男の言い分はやがてお母様の意見となり春になる頃には、
「このままでは家が倒れてしまうので2店舗のうち1店舗は手放せ」
と二人揃って私たち夫婦に要求してきたのです。

店を手放すという選択に迫られ腹の立った私たちは、
しばらくは何を言われても無視し続けていたのですが、
同居をしているお義母様に顔を見るたびに言われるのに嫌気がさし、
売り上げの安定していたうどん屋を残し、
ダイニング・バーをクローズすることにしました。

お店は従業員だった方がそのまま引きついてくださることになったので、
店名も内装もそのままで、経営者だけが変わるという形で存続でき、
お客様には迷惑をかけずに済んだのが唯一の救い。

これまではダンナ様は夜営業のダイニング・バーで働き、
私は昼営業のうどん屋で働くというすれ違いの生活だったのですが、
これを機に二人揃ってうどん屋さんで一緒に働くことになり、
これからはずっと一緒に時間が過ごせる!!
と喜んでいたのも、つかの間。

お客様も従業員も私中心に回っていたうどん屋さんに、
新入社員のように働き始めたダンナ様に居心地のよい場所はなく、
だんだん元気がなくなってきていたことに、
忙しい私は気が付くことができなかったのです。

うどん屋の仕事は朝が早く、しかも重労働でしたので、
私の体はかなりひどいダメージを受けていたようで、
この頃から強烈な下半身の冷えと肩こりに悩まされるようになりました。
体調がどんどん悪くなっていた私はお店を切り盛りするので精一杯で、
心が疲れてしまっていたダンナ様のことを慮って優しくする、
なんて余裕はまったくといっていいほど微塵もなく、
唯一の救いだった二人の関係もいつしか悪化の一路をたどり…

人間というのは体調が悪いときには、
周囲のことに気配りする余裕がなくなってしまうものですよね。

飲食店は水を流して床を掃除するため床が土間になっている店が多く、
立っているだけでどんどん床から冷気が上がってきます。
連日そんな環境で仕事をしていた私は腎臓が弱ってしまったようで、
生理痛もかなりひどくなってきました。

東洋医学では腎臓・膀胱・生殖器は同じグループの臓器とされ、
冷えることにより弱ってしまう臓器と言われています。
そしてこの臓器が弱ってしまった人の心は「恐怖・不安」といった、
後ろ向きでネガティブな感情に支配されるようになります。

私は仲の良い両親に何不自由なく育てられたおかげで、
かなり能天気な性格だったのですが、
うどん屋稼業ですっかり腎臓を傷めてしまったこの頃の私は、
嫌になってしまうくらいのマイナス思考。

元気がないダンナ様を「男のくせにだらしがない!」と決めつけ、
財産のすべてを自分の物にしたいと願う長男を「史上最強の強欲男」と呪い、
それに加担するお義母さまを「愛情のない最低の姑」と忌み嫌っていました。

そんな超がつくほどネガティブな私に幸せが訪れるはずものなく、
再び破局に向かって一歩一歩着実に歩み始めていたのでした。

この続きはまた…

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ある日突然にお亡くなりになったダンナ様のお父様は、
吉祥寺駅付近に土地やビルを所有していた地主さんでした。

特に大きな病気を患うこともなく、まだまだお元気でしたので、
まさか急に逝かれてしまうとは誰も夢にも思っていなかったので、
葬儀を済ませてから大きな問題が勃発!

その問題とは… 相続税

日本の法律では相続の権利の半分は配偶者であるお母様に、
そして残りの半分を均等に子供たちで分けると定められていますが、
たくさんの不動産を所有していたお父様の資産を相続するためには、
莫大な相続税を支払わなければいけなかったのです。

お父様は不動産を所有していましたが、
相続税を支払えるほどの現金はなかったため、
資産を相続するためには不動産を手放さなければならなかったよう。

この事実に一番上のお兄様が大激怒!
「うちに現金がないのは、おまえたちが2店舗も店をやって、
 オヤジの現金を使ったからだ!!」
と非難の矛先が私たち夫婦にむかってきました。

その発言を皮切りに私たち夫婦の悲劇は幕を開けたといっても、
過言ではないでしょう。
お兄様の理論は…
「うちは働かなくても人様に不動産を貸していれば、
 家族全員が遊んで暮らせる家なのに、
 なんでおまえたち二人は額に汗して働くのか?
 
 お前たちが使っている店を誰かに貸せば
 毎月数十万のお金が黙っていても入ってくるから、
 今すぐ店をやめて賃貸に出す。
 
 そうしたらその半分はお前たちにやるから、
 好きなことをして暮らせばいい」

この言葉を聞いた時に、私は耳を疑いました。

私にとって働くことは人生の楽しみであり、喜びでもあります。
確かに飲食店の経営は労働時間が長い割には収入が少なく、
決して大きく儲かるビジネスではありませんでしたが、
それでもお客様がうどんを食べた瞬間におもわず、
「美味しい!」とつぶやいてくれたときには、
至極の喜びを味わうことができました。

そのお客様の「美味しい!」の一言が聞きたくて、
毎日懸命に働いていた私たちの生き方を根本から否定され、
「働くなんて、ばからしい」
こんな価値観が世の中に存在していたのかと知り、
これまで自分が培ってきた価値観とのギャップに、
ただただ茫然とするばかり。

お父様が亡くなってからわかったことなのですが、
ダンナ様のお兄様は金融関係のお仕事をしていたはずが、
いつの間にか会社をお辞めになっていて、
お父様の不動産の管理を称して会社をつくり、
そこからお給料をもらって暮らしていたらしいのです。

その上、私たち夫婦は自分たちで家賃を払って家を借りていましたが、
お兄様はお父さんのお金で世田谷に豪華な一軒家を購入し、
まったく働かずに悠々自適の生活をされていたよう。

そのことを私が指摘したときのお兄様の言い分は…
「家は住居なので人間にとって必要な物。
でもお前たちが使っている店は家族の資産。
 人様に貸してお金を生み出すところなのに、
 お前たちが使っているから現金がないだ!!
店を続けたかったら家賃をきちんと払え」というのです。

自分は億もする家屋敷をお父様のお金で購入しているのに、
住居目的でお金を使うのは必要だからOKで、
他の不動産は事業用だから使うなら賃料を払うのが当然、
という理論が私にはまったく理解できません。

その上、30代の働き盛りの男が親に財産をあてにして、
働かずにいるという考え方や生き方も到底理解できず、
とにかくそんな風に考えるお兄様をひたすら毛嫌いしていました。

お兄様は私たちの生き方をすべて否定し、
私はお兄様の考え方を受け入れることは到底できないと拒否。

人間関係というのは鏡のようなものだとよく言いますが、
そんな私たちの関係が良好になるわけもなく、
話せば話すほどに険悪な関係に…

「思ったことは口にして、きちんと自分の意志を相手に伝える」
これが私の当時の生き方だったのですが、
それが災いして家族の関係がどんどん悪くなっていきました。

今になって冷静に考えてみれば、その家には家なりの事情があり、
「働くことが正しい」という私の価値観が世のすべてではない、
ということがよくわかっていますので、
お兄様なりの理論を人間の生き方として納得はしないけれど、
理解することは可能だったと思うのですが、
当時の私はまだ20代の若さでとても尖がっていましたので、
まだまだ働けれる年齢なのにろくに仕事もしないで、
親のお金を当てにしているお兄様の生き様には、
嫌悪感しか抱けなかったのです。

価値観の相違

これはいつの時代も人間関係を悪くする一番の理由ですね。
価値観の違いを理解するためには大きな視野と寛容な心が必要ですが、
当時の私は残念ながらその両方とも持ち合わせていなかったので、
事態をどんどん悪い方へ自ら進めていったような気がします。

自分の周りに起こることはすべて自分が引き起こしたこと

まさにこの言葉通りに、自分の狭い了見や小さい価値観のため、
このあと起こる不幸な結果を招いてしまったのかと思うと、
自分の人生ながら残念でなりません。

そんな絵に描いたような遺産相続の嵐の中でも唯一の救いは、
ダンナ様が一緒にお兄様に立ち向かい戦ってくれたこと!!

「二人で力を合わせればきっとこの困難も乗り越えていける」
そう思うことができたので、お兄様の店をたためという矢の催促も、
どこ吹く風と素知らぬ顔でかわし続けて、
以前と変わらずうどん屋さんとダイニングバーで働き、
自分たちらしく生きることを選択した私たち。

さて、そんな働くことに生きがいを感じていた私たちに、
運命の神様は味方してくれたのでしょうか?
この続きはまた…

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それでは今日もお日様のように明るく笑って、
お月様のように穏やかな気持ちで楽しい一日をお過ごしくださいね。


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マクロビオティック料理教室G−veggie はりまや佳子    
〒144-0031 東京都大田区東蒲田2-5-11
http://g-veggie.com/

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